「『私が見た未来』の予言は本当に当たるの?」
「2025年7月に大災害が来るって本当?でも、ハズレた予言もあるって聞くけど…」
漫画家たつき諒氏の著書『私が見た未来』。
東日本大震災を予言したとされるこの本は、今や日本中、そして海外の一部をも巻き込む大きな社会現象となっています。
特に「2025年7月」に起こるとされる大災難の予言は、多くの人々の関心を集め、不安を掻き立てています。
しかし、その一方で「予言はハズレが多い」「こじつけではないか」「くだらない」といった冷静な意見や批判的な声も少なくありません。
一体、どの情報が真実なのでしょうか。
この記事では、世間で話題となっている『私が見た未来』の予言について、当たったとされるものからハズレたと言われるもの、そして作者自身が語る真相まで、あらゆる角度から徹底的に検証・解説します。
この記事を最後まで読めば、予言の信憑性や騒動の背景が明確になり、あなた自身が情報に惑わされず、冷静な判断を下すための一助となるはずです。
『私が見た未来』はハズレ?注目される予言を徹底検証
『私が見た未来』と東日本大震災の予言
『私が見た未来』がこれほどまでに注目を集める最大のきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災を予言していたとされる点にあります。
1999年に朝日ソノラマから出版された旧版の単行本の表紙に、非常に明確な形で「大災害は2011年3月」と記されていました。
このあまりに具体的な記述が、震災から数年経った後にインターネット上で「幻の予言漫画」として話題になり、絶版だった古書は一時期、Amazonやフリマアプリで数十万円という信じられないほどのプレミア価格で取引される社会現象を巻き起こしたのです。
作者のたつき諒氏によれば、これは単行本の締め切り日に見た夢が元になっているといいます。
夢の中で見たビジョンがあまりに強烈だったため、年と月だけを強調して表紙に追記したと『完全版』の中で解説しています。
年と月がピンポイントで一致している点は、確かに偶然と片付けるには出来すぎていると感じるかもしれません。
しかし、この予言にはいくつかの相違点も存在します。
たつき諒氏は、夢の中ではその災害は「夏の出来事」としてビジョンに現れ、登場人物も半袖を着ていたと語っています。
そのため、作者自身は2021年に刊行された『完全版』の中で「夢の中ではみんな夏服を着ていたため、東日本大震災ではない」と明確に記しているのです。
この「季節のズレ」と作者自身による訂正が、「予言はハズレた」あるいは「こじつけだ」と考える人々の大きな根拠の一つとなっています。
『私が見た未来』で当たったとされる予言一覧
東日本大震災のインパクトがあまりに強いため霞みがちですが、『私が見た未来』には他にも世界史的な出来事を予知していたとされる事例がいくつか存在します。
ここでは、特に有名ないくつかの予言を、分かりやすく表にまとめて検証します。
出来事 | 夢で見たとされる日 | 実際の発生日 | 検証と考察 |
フレディ・マーキュリーの死 | 1981年11月24日 | 1991年11月24日 | 10年の時を経ていますが、夢を見た日付と実際の命日の日付が完全に一致している点は非常にミステリアスです。偶然と片付けるには難しい事例とされています。 |
阪神・淡路大震災 | 1995年1月2日 | 1995年1月17日 | 「15日後か15年後に神戸に大地震が来る夢」を見たとされています。「15日後」という点が注目されますが、場所の特定など、予言の具体性には解釈の幅があります。 |
ダイアナ元妃の事故死 | 1992年8月31日 | 1997年8月31日 | フレディの例と同様に、5年の時を経て夢を見た日付と事故死した日付が一致。しかし、作者自身は「亡くなるというイメージは全くなかった」と述べており、後付け解釈の可能性を示唆しています。 |
新型コロナウイルスのパンデミック | 1995年 | 2020年〜 | 「2020年ごろ、未知のウイルスが現れ、4月にピークを迎え10年にわたり世界中を混乱させるが、その後消える」という夢を見たとされています。時期や状況が類似していると話題になりました。 |
このように、日付が一致するなど科学では説明がつかない驚くべき点がある一方で、作者の意図を超えて、読者や受け手が意味を付与している「後付け解釈」の側面も色濃く見受けられるのが特徴です。
これらの予言を信じるか信じないかは、まさに個人の解釈に委ねられていると言えるでしょう。
『私が見た未来』で予言された2025年の内容
現在、世間の関心を最も集めているのが、たつき諒氏が「本当の大災難は2025年7月にやってくる」としている予言です。
この予言は、2021年に発売された『私が見た未来 完全版』の帯やあとがきで、非常に衝撃的な内容と共に言及されたことで、爆発的に広まりました。
その内容は、聖書の黙示録やSF映画のワンシーンを彷彿とさせる、壮絶なものです。
具体的には、以下のようなビジョンが描かれています。
発生源と津波の規模
夢の中で、作者は宇宙から地球を眺めています。
すると、日本とフィリピンの中間あたりの海底が、巨大な生き物が目を覚ますかのように「ボコン」と盛り上がり、破裂(噴火)するそうです。
その海底の破裂によって発生する津波は、東日本大震災の津波の実に3倍にも達するとされています。
東日本大震災で観測された津波の最大遡上高は約40メートルでしたので、その3倍となれば約120メートル。
これは30階建ての高層ビルに匹敵する高さの水の壁が、都市を飲み込むイメージであり、まさに想像を絶するスケールです。
被害範囲と地形の激変
巨大な津波は太平洋全域に広がり、日本を含む周辺国を次々と襲います。
日本では、太平洋に面した広大な沿岸域、実に国土の3分の1から4分の1が飲み込まれるという、壊滅的なビジョンが描かれています。
さらに衝撃的なのは、津波の物理的な力によって陸地そのものが押し上げられ、隆起するという描写です。
その結果、なんと香港から台湾、そしてフィリピンまでが地続きになるかのように見えたといいます。
これはもはや災害というレベルを超え、プレートテクトニクスの常識を覆すような地殻変動であり、大陸の形そのものが変わってしまうという、まさに黙示録的な光景と言えるでしょう。
たつき諒氏の2025年7月予言ネタバレ
多くの人々が固唾をのんで見守る「2025年7月5日」という極めて具体的な日付。
このピンポイントな日時は、一体どこから生まれ、どのようにして「事実」として広まっていったのでしょうか。
結論から言うと、この「7月5日」という日付は、作者自身が明確に訂正・否定しています。
その出所は、『私が見た未来 完全版』の作者あとがきにあります。
たつき諒氏自身が、この大災難の夢を見たとされるのが、2021年7月5日の午前4時18分でした。
そして、あとがきには次のような、注意深い一文が記されていました。
「夢に現れた日付が現実化する日ならば、次にくる大災難の日は『2025年7月5日』ということになります」
ここで極めて重要なのは、これが断定的な予言ではないという点です。
あくまで「もし夢を見た日付の数字が、現実化する日付とシンクロするという法則が今回も適用されるのであれば」という、仮説に基づいた非常に慎重な記述でした。
しかし、情報が光の速さで流通する現代のネット社会において、この丁寧な前提条件や「ならば」という仮定法はいとも簡単に見過ごされてしまいます。
この一文が、影響力の大きいインフルエンサーなどによって「作者が断言!7月5日、大災害が来る!」といったセンセーショナルな見出しで切り取られ、SNSや動画サイトを通じて爆発的に拡散されました。
後に作者自身は、2024年6月発売の新刊『天使の遺言』の中で、「夢を見た日=何かが起きる日というわけではないのです」と、日付の特定をはっきりと否定しています。
この一連の経緯は、一度ウェブ上に刻まれた情報がいかに訂正困難であるかを象徴する、現代社会の情報汚染の典型例と言えるかもしれません。
『私が見た未来』がハズレと言われる理由と真相
作者たつき諒氏が自ら語る「外れた予言」
『私が見た未来』の予言の信憑性を語る上で、明確に「外れた」予言や、そもそも作者自身が発信していない「デマ情報」を厳密に区別することは極めて重要です。
残念ながら、悪質な「なりすまし」の人物によって、たつき諒氏の名前を騙る多くのデマ情報が拡散されてしまいました。
たつき諒氏本人は、世間で騒がれている予言の中には、自身が言及していないデマや、明確に外れたものが含まれていると語っています。
その代表例が、「2021年8月20日に富士山が噴火する」というデマです。
これは社会を大きく混乱させましたが、旧版の『私が見た未来』の中に富士山噴火を示唆するイラストがあったことを悪用し、偽物の人物が具体的な日付をつけて「予言」したことで、SNSで爆発的に拡散されたものです。
もちろん、2021年8月20日に噴火は起きておらず、これは明確に「外れたデマ予言」です。
たつき諒氏ご本人は、富士山に関する夢を過去に見たことは認めていますが、新刊『天使の遺言』の中で「夢の中の富士山は(大災害の)象徴的なもので、大規模な災害は起こらないと思っています」と記しており、パニックを煽るような偽物の予言とは明確に一線を画しています。
この偽物の存在が、皮肉にも本物の作者を再び世の表舞台に引きずり出し、真実を語らせるきっかけになったのは、歴史の奇妙な巡り合わせと言えるでしょう。
曖昧さが指摘される『私が見た未来』の予言内容
『私が見た未来』の予言がハズレ、あるいは「こじつけ」だと言われる大きな理由の一つに、予言内容そのものの曖昧さがあります。
これは、具体的な地名や現象が明確に特定されていないため、後から起きた出来事に都合よく解釈できてしまう、という指摘です。
例えば、注目されるきっかけとなった「大災害」という予言も、その言葉の定義は非常に広いものです。
地震だけでなく、津波、台風、豪雨、火山の噴火など、毎年のように日本では何らかの自然災害が起きています。
その中のどれか一つが予言の時期と一致しても、それは単なる偶然の可能性が高いと考えることができます。
前述の通り、東日本大震災の予言とされるものも、発生場所の具体的な記述はなく、季節も「夏」の出来事として描かれているなど、実際の出来事との食い違いがあります。
このような曖昧な表現は、何か大きな出来事があれば、それに合わせて予言を後付けで解釈する「恣意性」を生み出します。
そうなると、予言の的中率は見かけ上は高くなりますが、実際には偶然の一致にすぎない可能性が出てくるのです。
予言の曖昧さが、かえって信憑性を問われる原因となっている側面は否定できません。
「当たったもの」にも存在する後付け疑惑の真相
的中したとされる予言も、その詳細を注意深く見ていくと、「後付け解釈」の可能性が否定できないケースが少なくありません。
驚くべきことに、作者であるたつき諒氏自身が、読者によって意味付けされたものだと示唆している場合もあります。
その典型例が、ダイアナ元妃の事故死に関する予言です。
たつき諒氏は1992年8月31日に「DIANNA」という文字や「車」といったキーワードを含む夢を見たとされています。
そして5年後の同日、ダイアナ元妃は実際に交通事故で亡くなりました。
しかし、作者自身は著書の中で「亡くなるというイメージは全くなかった」「読者の方によって『意味付け』されたものと言えるかもしれません」と、非常に謙虚に、そして率直に述べています。
これは、結果的に悲劇的な事故と結びつけられましたが、元々の夢には「死」のイメージは無く、あくまで受け手側が二つの出来事を関連付けて意味を付与した結果と捉えることができるでしょう。
人間には、自分が信じたい情報を無意識に集め、それに反する情報を無視してしまう「確証バイアス」という心理的な傾向があります。
当たったとされるインパクトの強い情報ばかりが繰り返し語られ、外れた予言や曖昧な予言、作者自身の訂正などが都合よく忘れ去られてしまうことも、この騒動が過熱する一因となっているのかもしれません。
『私が見た未来』はくだらない?冷静な意見も
日本中を巻き込んだ一連の騒動に対し、「科学的根拠がなく、くだらない」といった冷静かつ批判的な意見も多数存在します。
予言には、物理学的にあり得ない内容が含まれていたり、あくまで個人の夢の記録に過ぎなかったりするため、それを根拠に社会が混乱すること自体を問題視する声です。
実際、国の防災情報の中枢である気象庁の長官は、2024年6月の記者会見で「現在の科学的知見では、日時、場所、大きさを特定した地震予知は不可能です。そのような予知の情報はデマと考えられます」と、異例の強い言葉で注意喚起を行いました。
また、地球物理学の専門家からも「東日本大震災の3倍の津波は物理的に起こり得ない」といった、科学的根拠に基づいた否定的な見解が示されています。
さらに、この予言が原因で香港からの訪日客が減少し、航空会社が減便を決定するなど、具体的な経済的損失が出ていることも事実です。
単なるエンターテイメントとして楽しむ範疇を超え、実社会に悪影響を及ぼしている現状を「くだらない騒動だ」と批判的に見る人々がいるのも当然のことと言えるでしょう。
作者自身は一貫して「不安を煽る意図はない」と語っていますが、結果として多くの人々の不安を掻き立て、社会を混乱させているという側面も、冷静に受け止める必要があります。
まとめ:『私が見た未来』はハズレか?予言との賢い向き合い方
- 『私が見た未来』は1999年版の表紙がきっかけで注目された
- 東日本大震災の予言は「2011年3月」と日付が近いが季節など相違点もある
- 2025年7月に東日本大震災の3倍規模の津波が来るとされている
- しかし「7月5日」という日付は作者本人が公式に否定している
- 富士山噴火など、作者を騙る偽物によるデマ予言も拡散された
- 予言内容が曖昧なため「後付け解釈」や「こじつけ」との指摘がある
- 作者自身は予言者ではなく、不安を煽る意図はないと表明している
- 科学的根拠はなく、気象庁や専門家は予言内容を否定している
- 予言が原因で旅行キャンセルなど経済的な実害も発生した
- 予言を恐れるのでなく、防災意識を高めるきっかけにすることが重要である