『呪術廻戦』本編が2024年に完結し、多くのファンが「呪術ロス」に陥るなか、2025年9月に始まった近未来スピンオフ『呪術廻戦≡(モジュロ)』は大きな注目を集めました。
しかし、連載開始直後からSNSで最も議論を呼んだのが「作画」の問題です。
原作者・芥見下々がネーム原作に回り、作画を岩崎優次が担当するという体制に対して、絵が違うという違和感を訴える声が噴出しました。
一方で、連載が進むにつれ「画力がやばい」「むしろ本編より見やすい」と評価を改める読者も増えていきます。
この記事では、モジュロの作画に関する基本情報から読者の評判、海外の反応、そして作画交代がもたらしたメリット・デメリットまでを網羅的に解説します。
作画の違いが気になって読むか迷っている方にとって、判断材料となる情報を余すところなくお届けします。
呪術廻戦モジュロとは何か|作品の基本情報と作画体制
『呪術廻戦≡(モジュロ)』は、原作・芥見下々、作画・岩崎優次による週刊少年ジャンプの短期集中連載作品です。
2025年41号(9月8日発売)から2026年15号(3月9日発売)まで全25話にわたって連載され、物語は完結しています。
舞台は「死滅回游」から68年後の2086年で、乙骨憂太と禪院真希の孫にあたる乙骨真剣・憂花の兄妹が主人公を務めます。
宇宙から飛来した地球外生命体「シムリア星人」との外交問題を軸に、呪術世界の未来が描かれるSF色の強い作品です。
単行本は1巻が2026年1月5日、2巻が2026年3月4日に発売済みで、最終3巻は2026年5月1日発売予定となっています。
ここで押さえるべきポイントは、芥見下々は原作(ネーム原作)の立場で物語にガッツリ関与しているものの、すべてのページの作画は岩崎優次が担当しているという点です。
つまり、読者が目にする絵はすべて岩崎優次の手によるものであり、本編とは作画の人物が完全に異なります。
作画担当・岩崎優次のプロフィールと実績
モジュロの作画を担当した岩崎優次は、週刊少年ジャンプで実績を積んできた漫画家です。
代表作は、西尾維新原作の『暗号学園のいろは』で、2022年51号から2024年10号まで全7巻にわたり連載されました。
同作は「次にくるマンガ大賞2023」コミックス部門で4位を獲得し、「全国書店員が選んだおすすめコミック2024」でも10位にランクインしています。
ジャンプ+では西尾維新とタッグを組んだ「くずかごマウンテン」も手掛けており、原作付き作品の作画において豊富な経験を持つ漫画家といえるでしょう。
岩崎優次の作画の特徴は、高い画力に裏打ちされた繊細なキャラクター描写と、情報を整理して読みやすく構成する画面設計にあります。
暗号学園のいろはでは複雑な暗号解読シーンを視覚的にわかりやすく表現する力が評価されており、この能力がモジュロでも存分に発揮されました。
連載開始時、岩崎優次はX(旧Twitter)にて「呪術廻戦≡の作画をさせていただいています!よろしくお願いします!」と挨拶し、呪術廻戦という大作のスピンオフを任された緊張感と意欲をにじませていました。
なぜ作画担当が変わったのか|原作と作画の分業体制
モジュロで芥見下々が自ら作画をせず、岩崎優次に委ねた背景には、複数の事情が推測されています。
まず、芥見下々は『呪術廻戦』本編を2018年から2024年まで約6年半にわたり週刊連載しており、身体的・精神的な負担は相当なものだったと考えられます。
連載中にも体調不良による休載があったことは広く知られており、完結後すぐに再び週刊連載の全工程を一人で担うのは現実的ではなかったのでしょう。
加えて、原作と作画の分業体制はジャンプにおいて一つのトレンドとなっています。
『BORUTO』では岸本斉史が原作・監修、池本幹雄が作画を担当し、『ドラゴンボール超』でも鳥山明が原作、とよたろうが作画を担いました。
人気作のスピンオフや続編において、原作者が物語の根幹を設計し、実力ある作画担当が視覚化するという形式は、もはや珍しいものではありません。
モジュロもこの流れに沿った体制であり、芥見下々がネーム原作として物語を細部まで構築し、岩崎優次がそれを高い画力で具現化する役割分担が採用されました。
芥見下々と岩崎優次の絵柄を比較する
本編の読者がモジュロを手に取ったとき、最初に感じるのは絵柄の違いです。
ここでは両者の作画スタイルを比較し、違いの本質を整理します。
| 比較項目 | 芥見下々(本編) | 岩崎優次(モジュロ) |
|---|---|---|
| 線のタッチ | 荒々しく力強い。勢いで引く線が多い | 繊細で整っている。丁寧に処理された線が特徴 |
| 陰影の表現 | 黒ベタやトーンで重厚な暗さを演出 | 陰影は控えめで、画面全体が明るくすっきりしている |
| 戦闘シーンの迫力 | 構図の大胆さと荒さが「圧」を生む | 動きの正確さと情報整理で「読みやすい戦闘」を実現 |
| キャラクターの表情 | 感情の生々しさ、狂気の表現に長ける | 端正な造形で、感情の機微を丁寧に描写する |
| 画面の情報量 | 書き込みの密度に波があり、緩急が激しい | 一定の密度で安定しており、視線の誘導が明確 |
この比較からわかるのは、岩崎優次の作画が劣っているわけではなく、作風の方向性が根本的に異なるという点です。
芥見下々の絵は「衝撃を叩きつける」タイプであるのに対し、岩崎優次の絵は「丁寧に伝える」タイプといえるでしょう。
どちらが優れているかではなく、どちらが好みに合うかという嗜好の問題が、評価の分かれ目になっています。
連載開始直後の読者の反応|絵が違うという衝撃
2025年9月の連載開始直後、SNSでは作画に対する戸惑いの声が大量に投稿されました。
「絵が違いすぎて同じ作品に見えない」という意見は、Q&AサイトやSNSの至るところで確認できます。
特に多かったのは、芥見下々の荒々しいタッチに慣れ親しんだ読者が、岩崎優次の端正な絵柄に「軽さ」を感じるという反応でした。
本編では呪いの重圧や戦闘の痛みが線の荒さから伝わってきたのに対し、モジュロの絵はそうした「湿度」が薄いと感じる読者が多かったのです。
また、一部の読者からは絵が古いという指摘も見られました。
ただし、この「古い」という表現は画力の問題ではなく、「自分の好みではない」「本編と比べてノスタルジックに感じる」という感覚的な意味合いが強いと考えられます。
Q&Aサイトには「作画が芥見下々じゃなくなったのが残念」という率直な声も多数投稿されており、作画交代への心理的ハードルの高さが浮き彫りとなりました。
連載中盤以降の評価の変化|画力への再評価
連載が進むにつれ、作画に対する評価は明確に変化していきます。
序盤の違和感が薄れた中盤以降、「岩崎先生の画力はやはりすごい」「暗号学園のいろはの時よりさらに上達している」と再評価する声が増えました。
特に注目されたのは、2026年2月頃に3週連続でカラー掲載が行われた際の反応です。
「3週連続カラーって過酷すぎる」「無理しないでほしい」と労いの声が寄せられると同時に、カラーページの完成度に対して「画力が高すぎる」と驚嘆する読者が続出しました。
また、物語の核心に迫るにつれ、芥見下々がストーリーに深く関与していることが広く認知されたことも、作画への印象を好転させた要因です。
「芥見先生のネームをここまで忠実に再現できるのは、作画担当としての実力の証明だ」という見方が広がり、岩崎優次の技量を正当に評価する空気が形成されていきました。
完結時には「キャラにちゃんと歳を取らせる描き分けがすごい」「本編キャラの68年後の姿に説得力がある」と、具体的な技術面を評価するコメントも多く見られています。
作画の強みと特徴|モジュロだからこそ光る表現
岩崎優次の作画には、モジュロという作品との相性で特に光る強みがいくつかあります。
第一に、情報整理能力の高さです。
モジュロはSF要素が多く、シムリア星人の術式や民族構造、近未来の呪術社会など、説明すべき新概念が大量に登場します。
岩崎優次はこうした複雑な情報を画面上で整理し、読者の視線を自然に誘導する構成力に優れています。
暗号学園のいろはで培った「複雑な設定を視覚的に伝える技術」が、ここで大きく活きました。
第二に、キャラクターの描き分けの繊細さです。
本編キャラクターの68年後の姿と新世代キャラクターを同時に登場させるモジュロでは、年齢や立場の違いを絵で明確に示す必要がありました。
84歳の釘崎野薔薇や、不老の虎杖悠仁と新世代の乙骨兄妹を自然に共存させる画面づくりは、高い描写力なくしては実現できません。
第三に、安定した週刊連載の持久力です。
全25話を通じて作画のクオリティに大きな波がなく、むしろ後半に向かって画力が上がっていくような印象を多くの読者が受けています。
3週連続カラーにも対応した体力と技術は、プロの漫画家として高く評価されるべきポイントでしょう。
モジュロの作画に対する否定的な意見を検証する
作画への否定的意見を整理すると、いくつかのパターンに分類できます。
一つ目は「本編と絵が違うから読めない」というものです。
これは作画のクオリティではなく、作風の変化に対する心理的抵抗が原因です。
BORUTOでも岸本斉史から池本幹雄への作画交代時に同様の反応が起きており、人気作のスピンオフでは構造的に発生しやすい現象といえます。
二つ目は「迫力が足りない」「戦闘シーンが弱い」という指摘です。
芥見下々の戦闘描写は荒々しいペンタッチと大胆な構図で読者を圧倒するスタイルでした。
岩崎優次の戦闘描写はそれとは異なり、正確さと読みやすさを重視する傾向があります。
結果として「迫力に欠ける」と感じる読者がいる一方、「戦闘の流れが理解しやすい」と評価する読者も存在し、ここでも好みの差が明確に表れています。
三つ目は「絵が古い」「微妙」という漠然とした不満です。
具体的な技術的欠陥を指摘する声は少なく、多くの場合は本編への愛着が強すぎるがゆえの感情的な反応であると分析できます。
作品がひどいとか駄作だとかいった強い否定の多くも、実際には作画単体への不満ではなく、SF設定の違和感や作画交代への失望感など複合的な要因が絡んでいるケースがほとんどです。
海外ファンは作画をどう評価したか
モジュロの作画は、海外のファンコミュニティでも活発に議論されました。
Redditの呪術廻戦関連サブレディットでは、連載開始時に「アートスタイルが違う」という投稿が多く見られましたが、同時に「岩崎のアートは非常にクリーンで美しい」という肯定的な反応も目立ちました。
海外の反応として特徴的なのは、日本の読者に比べて作画交代への抵抗感が比較的薄い傾向がある点です。
アメコミ文化では同一タイトルで作画担当が変わることが一般的であるため、原作と作画の分業自体にはあまり違和感を覚えない読者層が存在します。
一方で、モジュロの物語面に対しては「呪術の雰囲気を一部壊した」「SFに振りすぎた」という批判もあり、作画とストーリーの両面で賛否が割れている状況は日本と共通しています。
完結後には「最後まで読んで評価が変わった」という声が海外でも上がっており、作画の完成度が物語の感動を増幅させたと評価する意見が確認できます。
モジュロはつまらないのか|作画と物語の相乗効果
モジュロに対しては「つまらない」「面白くない」という検索ワードも多く見られますが、作画の観点からこの評価を掘り下げてみましょう。
つまらないと感じる最大の原因は、作画の違いと物語のジャンル変更が同時に起きた点にあります。
絵柄が変わり、かつ舞台が68年後の近未来SFに移行するという二重の変化は、本編ファンにとって極めて大きなハードルでした。
どちらか一つだけであれば受け入れられたかもしれませんが、両方が同時に発生したことで「これは自分の知っている呪術廻戦ではない」という拒否反応が生まれやすくなったのです。
しかし、連載が進むと作画と物語の相乗効果が明確に表れてきます。
岩崎優次の整理された画面構成は、シムリア星人の術式や民族間対立といった複雑な設定を読者に伝えるうえで非常に効果的でした。
芥見下々の荒々しいタッチでは逆にこの種の緻密なSF設定が読みにくくなった可能性もあり、岩崎優次の作風とモジュロのジャンルは実は高い親和性があったといえます。
完結後に「スピンオフじゃなくてもう本編」「別物として読めば面白い」と振り返る声が増えたのは、作画と物語がかみ合った結果として読者の体験が向上したことの証左でしょう。
作画担当の交代をどう受け止めるべきか|読む前に知っておきたいこと
モジュロをこれから読む方に向けて、作画に関する心構えを整理しておきます。
最も重要なのは、モジュロは本編の直接的な続編ではなく、近未来拡張スピンオフであるという認識です。
芥見下々の絵で読める呪術廻戦を期待して手に取ると、最初の数ページで違和感を覚えるのは避けられません。
しかし、岩崎優次は暗号学園のいろはで複数の賞にノミネートされた実力派であり、その画力は週刊少年ジャンプの連載作家の中でもトップクラスに位置しています。
絵柄の違いを「劣化」と捉えるのではなく、「別の魅力を持つ作画」として受け止めることで、作品の楽しみ方は大きく変わるはずです。
実際に、連載当初は否定的だった読者の多くが、回を重ねるごとに評価を改めています。
5話程度まで読み進めると絵柄に慣れ、物語にのめり込む読者が多いという傾向が、SNSの反応から読み取れます。
最初の違和感だけで離脱するのは、もったいない選択かもしれません。
まとめ:呪術廻戦モジュロの作画は評価が分かれる挑戦だった
- モジュロの作画は岩崎優次が全話担当し、芥見下々はネーム原作として物語に関与している
- 岩崎優次は『暗号学園のいろは』で「次にくるマンガ大賞2023」4位を獲得した実力派の漫画家である
- 芥見下々の荒々しいタッチと岩崎優次の繊細な描線は、作風として根本的に異なる
- 連載開始直後は絵柄の違いへの拒否反応が大きく、SNSで賛否が激しく分かれた
- 連載中盤以降は画力の高さが再評価され、3週連続カラーの完成度が話題を呼んだ
- 「迫力が足りない」という指摘の多くは、画力の問題ではなく作風の好みの違いに起因する
- 海外ファンは作画交代への抵抗が比較的薄く、アートの美しさを評価する声が目立った
- 複雑なSF設定を整理して伝える岩崎優次の画面構成は、モジュロのジャンルと高い親和性がある
- 完結後は「別物として読めば面白い」「スピンオフを超えた本編級の作品」と評価が上昇した
- 最初の絵柄の違和感で離脱せず数話読み進めることで、作品の真価が伝わる構造になっている
